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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)5523号 判決

原告 呂漱石 外二名

被告 国

代理人 宇佐美初男 外二名

主文

被告は原告呂漱石に対し金一二五、一九五円、原告前田三郎に対し金六八、五六一円、原告協同組合日本華僑経済合作社に対し金四、八〇〇円および右各金額に対する昭和二七年一一月一六日から各その完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告らのその余の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

一、請求原因一、二の各事実は当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第四ないし第七号証、第九ないし第一三号証、証人田中庄次郎、高橋茂彦、桜井清治の各証言、原告呂、前田の各本人尋問の結果および検証の結果を総合すれば次の事実が認められ、乙第五ないし第八号証、第一二号証の各供述記載、証人桜井清治の証言、原告呂、前田の各本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できない。

二、そこで、本件事故発生の原因について検討する。

(一)  予備隊自動車を含む予備隊車両は、指揮官の乗車するジープを先頭として八両のトラツクを連ね、各車両とも前照灯を点灯して進行してきたが、本件交さ点の手前で先頭のジープが一時停車したところ、折から昭和通りを西進して本件交さ点に差しかかつた米軍自動車の運転者訴外田中庄次郎がこの予備隊車両の行進に気付いて交さ点の手前で停車し、右ジープの乗員に先に交さ点を通過するようにと合図をしたので、この先頭のジープが一時停車をして昭和通りの車馬の状況を見たのみで、後続車両は一時停車も徐行もしないで、交さ点を通過しはじめた。

(二)  予備隊自動車は右部隊行進のトラツクの第七両目であつたが、同じく一時停車も徐行もしないで、また、警音器も鳴らさずに時速二五キロメートルないし三五キロメートル位で、交さ点に入る際に高橋が左右を注視し、助手席に居た桜井清治が左側を確認したのみで交さ点を横断しようとした。

(三)  予備隊自動車が交さ点へ入ると直ちに高橋は進行方向約八メートル右斜め前方に原告自動車を認めたので急ブレーキをかけながらハンドルを左に切り、予備隊自動車は交さ点のほぼ中央あるいは中央よりやや南寄り付近で停車したが、その際その右前輪バンバーが原告自動車の左前ボデーに衝突し、原告自動車は昭和通りに沿つて東あるいは東南の方向へ一〇メートル近く進行してその右側助手席ドア部が米軍自動車の右前バンバーに衝突した。

(四)  高橋の運転する予備隊自動車と先行車との間隔は、他の車両間の間隔とほぼ同様で、一五メートルないし三〇メートルであつた。

(五)  本件交さ点は見通しのきかない交さ点であり、且つ六号線道路は交さ点の北方約三六〇メートルの地点から同約六〇メートルの地点までの間三〇〇メートルは約三〇分の一の上りこう配の坂道となつており、このため交さ点の北方約一五〇メートルの地点以北からは坂のために交さ点の路面は見えないし、当時その交さ点手前には一時停車の標識があつた。

(六)  昭和通り交さ点東側には米車自動車が停車して、前記のとおり予備隊の部隊行進の通過を待つていたのであるが、その停車位置は、米軍自動車の左端が昭和通りの車道の南端から約二・五メートルの地点に当るような位置にあつたもので、特に道路の中央寄りにあるいはセンターラインを越えて停車していた事実はなく、昭和通り交さ点西側にも普通自動車が一、二台停車していた。

(七)  昭和通りは、交さ点の西方約一五〇メートルの地点で南寄りにカーブしているので、交さ点より二三〇メートル以西からは交さ点を望むことができないのであるが、原告前田はこのカーブに差しかかつたころから、予備隊車両が二、三台交さ点を通過するのを目撃し、交さ点の手前でこれを通過し終つた前の車に続いて交さ点に入ろうとする予備隊自動車に気付いたが、昭和通りが優先道路であるところから、予備隊自動車は原告自動車の通過を待つてくれるものと考え、交さ点に差しかかつた際も、速度を落すよりもむしろ速度を増し、時速四・五〇キロメートル以上の速度で警音器も鳴らさずに交さ点を横断しようとし、予備隊自動車との距離が四、五メートルになるまでその接近に気付かず、急停車の処置もとらないままで衝突した。

ところで以上認定の事実に基づいて高橋の過失の有無について検討するに、予備隊自動車は部隊行進の一構成員として進行しており、前車との距離も一五メートルないし三〇メートルであつて部隊行動から離脱していたものは認められないが、六号線道路の交さ点の手前には一時停車の標識があり(当時の道路交通取締法第一八条第二項参照)、しかも交さ点は見通しがきかず、坂道の頂上付近にあつたのであるから、(当時の道路交通取締令第二六条参照)、予備隊自動車が右のような部隊行動の一員であり、且つ、米軍自動車や普通自動車が予備隊の部隊行進の通過を待つていた事実を考慮しても、昭和通りを進行する車馬等が部隊行進の間を縫つて交さ点を横断しようと試みるおそれがないとはいい切れないものというべく、従つて、予備隊自動車としては交さ点の手前においては、少なくとも交さ点に進入してくる車馬があれば直ちに停車しうるよう徐行する等、昭和通りを進行する車馬等との衝突を未然に防止すべき注意義務があるものといわなければならない。しかるに、右認定の事実によれば、高橋は右注意義務を怠り、部隊行進ではあり、米軍自動車等も停車しているのであるから、他の車両も予備隊自動車の通過を待つてくれるものと軽信し、交さ点に差しかかつた際、単に左右を注視したのみで警音器も吹鳴せず、一時停車はもちろん徐行もすることもなく漫然同一速度で交さ点に進入したため、本件事故を起こしてしまつたのであるから、同人の過失は免かれないものといわなければならない。

三、すすんで原告らの被つた損害の額について判断する。

(一)  原告呂、前田の各本人尋問の結果およびこれによつてその成立を認めうる甲第一ないし第一四号証によれば次の事実が認められる。

(イ)  原告呂、前田は本件事故発生直後東京都新宿区聖母病院において治療を受け、昭和二七年七月三〇日その代金各二、〇〇〇円を支払つた。

(ロ)  両名は引続き同年七月三〇日から九月七日まで東京都杉並区東京衛生病院において入院加療し、同年九月七日までにその療養費(入院料、レントゲン料、薬治料、包帯交換料等を含む。)として原告呂は合計六〇、四八五円、原告前田は合計四〇、五八五円を支払つた。

(ハ)  右原告両名はその後も同年一一月一五日ごろまで電気マツサージなどの物理療法を受け、この代金(車代を含む。)として各一一三、一〇〇円を同年一一月一五日までに支払つた。

(二)  原告呂は本件事故により大安工業株式会社に対する昭和二七年八月から一〇月まで三ヵ月分の給料債権合計三〇〇、〇〇〇円を失つた旨主張するけれども、同原告の本人尋問の結果もこれを認めさせるに足りないし、他にこれを認めるに足る証拠なく、むしろ、乙第六号証と弁論の全趣旨とによれば、同原告は当時から同会社の取締役会長であることが認められるから、同原告が同会社から受ける金員は役員として受けるべき報酬であつて、労務の提供を対価とする賃金ではないと解すべく、従つて、右会社に出勤しなかつたからといつて、そのことだけで直ちにこれを請求できなくなるものではないから、同原告の主張は採用できない。

(三)  次に慰藉料の額について判断する。

(イ)  乙第六号証、原告呂の本人尋問の結果によれば、同人は当時大安工業株式会社会長もしており、五〇、〇〇〇円位の月収をえていたこと、および現在でも冬期には指先がしびれることが認められ、同原告の本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用することができない。右事実と同人の負傷の部位、程度その他諸般の事情を考慮すれば、原告呂の慰藉料額は二〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

(ロ)  原告前田の本人尋問の結果によれば、同人は原告組合の自動車運転者として一ヵ月八、〇〇〇円の給料をえていたこと、および現在でも季節の変り目には傷の痛みを感ずることが認められ、右事実と同人の負傷の部位、程度その他諸般の事情を考慮すれば、原告前田の慰藉料の額は五〇、〇〇〇円をもつて担当とする。

(四)  次に原告組合の損害について判断する。

(イ)  原告自動車の本件事故当時の価格に関する原告呂、前田の各本人尋問の結果は当事者間に争いのない原告組合が全損としてその保険金全額六〇〇、〇〇〇円の支払を受けた事実と対比して、信用し難く、他にその時価が六〇〇、〇〇〇円以上であつたことを認めるに足る証拠はない。

(ロ)  原告呂、前田の勤労を受けえなかつたことによる原告組合の損害については、原告呂が原告組合と雇よう関係にあつたことは、同原告の本人尋問の結果だけでは認めるに足りないし、他にこれを認めるに足る証拠なく、原告呂は、原告組合の代表理事としては、その職務の性質にかんがみ、療養生活を送つているからといつてその間事務の執行ができないものではなく、また、原告組合において原告呂の療養のために何らかの支障が生じ、そのため具体的に財産的損害を被つたとの証拠はない。

次に、原告前田に関しては、乙第五号証によれば、同人は原告組合の自動車の運転者として勤務し、本件事故は原告組合の代表理事原告呂を出勤のため乗車させて運転中に起つたものであることが認められるから、同人の受けた負傷は業務上のものといいうべく、従つて当時の労働基準法第七六条によつて使用者である原告組合としては、原告前田に対してその療養中平均賃金の一〇〇分の六〇の休業補償を行う義務があることになる。(なお原告前田の過失は労働基準法第七八条にいう重大な過失とは認められない。)してみれば、原告前田の勤労を受けられなかつたことによる原告組合の損害は、原告前田の三ヵ月分の給料の一〇〇分の六〇の一四、四〇〇円であるものと解すべきである。

(五)  以上の損害額を合算すれば、一応、原告呂については三七五、五八五円、原告前田については二〇五、六八五円、原告組合については一四、四〇〇円となる。

四、次に、本件事故は、高橋が警察予備隊練馬部隊第一通信中隊所属の警査長として、野外合同演習に参加するために予備隊自動車を運転中に発生したものであることは当事者間に争いがなく、警察予備隊は治安維持のため特別の必要がある場合において、内閣総理大臣の命を受けて行動する任務を有するのであるから(警察予備隊令第三条第一項参照)、その任務遂行に備える演習行為、ひいては演習におもむくための自動車の部隊行進は公権力行使に密接する作用と解すべきであるから、高橋の本件行為は国家賠償法第一条第一項に該当し、被告国はこれによる損害賠償すべき義務がある。

五、次に被告の過失相殺の主張について判断する。

先に第二項において認定した事実によれば、原告前田が、普通に注意すれば、予備隊自動車が一時停車も徐行もしないで交さ点を通過しようとするかも知れないことは当然予想しえたことは明白であり、従つて、原告自動車としては、一時停車して予備隊自動車が停車するかどうかを確かめるか、少なくとも、徐行して、予備隊自動車が進行してきたら、直ちに急停車の処置をとる等衝突を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、これを尽くさなかつたため、本件事故が発生したものというべく、原告前田の右過失はむしろ高橋の過失よりも大であるといわなければならない。

また、原告組合は原告前田の使用者であり、原告呂は、原告組合の代表理事であるから、使用者に代つて事業を監督するものであつて、且つ、本件事故の際原告前田は原告呂の自宅から原告組合への出勤のために原告自動車を運転していたことは前記のとおりであり、右は原告組合の業務の範囲に属することもちろんであるから、原告前田の過失は、原告組合および原告呂の損害額の算定に当つてもしんしやくさるべきである。

そこで原告前田の右過失を原告ら全員の損害賠償額についてしんしやくして、これを減額すれば、その損害額は、それぞれ原告呂は一二五、一九五円、原告前田は六八、五六一円、原告組合は四、八〇〇円をもつて相当とするから、原告らの請求は右の限度において正当であつて被告は右の各金額を支払う義務がある。

六、遅延損害金の請求は、右各金額に対する昭和二七年一一月一六日以降その完済に至るまで請求するものであるところ、前記のとおり、原告らの被つた損害はいずれも昭和二七年一一月一五日以前に発生しているから、被告は右遅延損害金を支払う義務があり、右請求は正当である。

七、よつて、原告らの本訴請求は前記認定の限度において正当であるから認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田嶋重徳 田中良二 矢崎秀一)

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